行雲流水

禅僧(禅宗のお坊さん)が綴る発想の種。旅は、私に大きな影響与えてくれました。 旅は、今の私を形作る糧となりました。 旅は、仏教徒として、禅僧として今を生きる私の大事な一部となりました。

MENU

イギリス留学生活:イギリス嫌いだった私のズレ【旅の記録27】

さて、今振り返れば様々な出会いがあったんだなと思えるカンタベリーでの暮らし。しかし、私にとってイギリスのホームステイ生活は始まりから多難続きでした。

f:id:zensoinspiration:20170708215535j:plain

  

イギリス留学カンタベリー編⑬ イギリス嫌いという私のズレ

日々の生活に不満が募ると、どうしても見方が偏ってしまいます。当時の私はいろんな不満が貯まっていて、「イギリスは嫌い」と思い込んでいる節がありました。

 日本だったらこうなのに……。イギリスはこれだから……。そうやって、イギリスと日本を無意識のうちに比べてしまっていました。イギリスの暮らしを通して、実は遠い日本を羨望の眼差しで見ていたんでしょうね。

もちろん、イギリスの生活に馴染もうと一生懸命イギリスの事を知ろうとしていましたよ。じゃないと余計にしんどいので。

 しかしイギリスを知れば知る程、見れば見る程、日本を想う。なのに自分は少しずつイギリスを知ってきた。ちゃんと見ていると思っている。知ろう、知ろう、見よう、見ようとすればするほど、見えなくなっている。せっかくイギリスにいるのに、素直にイギリスの事が見えてなかったんでしょうね。

 一度嫌なことがあって嫌いに思ってしまうと、そういうレッテル、色眼鏡を外すのは中々難しい。特に自分が追い込まれている時ならなおさらの事。

 実際イギリスでは良い事もたくさんありました。クリスチャンの方達との出会いもそうです。彼らもイギリス人。なのにどこかで、普通のイギリス人、クリスチャンのイギリス人と勝手に分けてしまって自分の中で処理してしまっている自分がいました。

 いやそもそも、紳士的な人もたくさんいるんです。お互い知らない間柄でも車内でよく荷物をあげるのを手伝っている所だって見ている。同じ扉をくぐろうとしたとき、譲ってくれる人は大勢いました。私にでさえ。

他にもいいところはたくさんあります。でも、私の色眼鏡はその事実を曇らせていたんですね……。要は私が見たいように見ていたわけです。

 これは何も国際的な話でも何でもなくて、わりと自分の身近な生活、日本の中の生活でもやってしまいがちなことです。

私はカルチャーショックや異文化交流っていうのは、何も海外生活だけに限ったことではないと思うのです。価値観の違いはどこにでもある。

 そう、カンタベリーの生活でも、最初のホストファミリーだって。冷たい所はあったけど、暖かい所もありました。一緒にレンタルビデオ店に行って、おすすめ映画を話しあった。シングルマザーで忙しいのに、私と話す時間も作ってくれた。言葉が通じなかっただけで、誤解した面もあるのでしょう。

 

最初のホストファミリーと偶然の再会

例えば、私が少し嫌悪感を感じていたお年頃の息子さんも……。ある日、偶然街中で出会ったんです。その息子さんは遠くにいる私の姿に気づき、久しぶりの友達にでもあったかのように、遠くから私の名を呼んで、手を振って挨拶をしてくれました。当時の私は少し戸惑いましたが、軽く手を振って返しました。

 すると、とっても嬉しそう。

なんだか変な感じです。当時の私は不思議に思いました。私と会ったのがそんなに嬉しかったのか? 嫌われていたんじゃなかったのか? 馬鹿にしている風でもないよな? 一体あれは何なんだ?

 でもね。そこは私の中がズレていたんですよ。私に関心がなければ、わざわざ声なんてかけるはずがありません。

 お年頃の子供。イギリスであろうとなかろうと、人間関係の距離のつめ方だって、ひねくれる事だってあるじゃないですか。思い返せば可愛いもんです。

私は英語をしゃべるのに必死すぎたのかもしれません。揚げ足を取られて、不合格を突き付けられたように思っていたのかもしれません。もっと会話自体を楽しむ余裕があれば……。

 きっと滞在中もその子なりに私との距離を縮めたかったではないでしょうか。

  でもまだ、この時の私はと、違和感としてしか感じていませんでした。しかし、これは「イギリスが嫌い」と思い込んでいる私の中のズレが、少しずつ浮かび上がってきた出来事だったわけです。


つづく……