禅僧インスピレーション

禅僧(禅宗のお坊さん)が綴る発想の種。仏教徒として、禅僧として今を生きる私の糧となった出来事などを綴っています。

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イギリス留学生活:クリスチャンとの対話「拠り所」【旅の記録8】

【旅の記録6】イギリス留学カンタベリー編③で、イギリスのクリスチャン(キリスト教徒)の方々とのご縁を頂いたという話を書きました。その続きです。

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イギリス留学カンタベリー編④ イギリスのキリスト教の教会へ

ご縁を結んでくれた日本人留学生。その人が連れていってくれた教会で様々な人を紹介して頂きました。私が行った教会は「Ichthus Christian Fellowship」の一つ。簡単に言えばイギリス独自のキリスト教の流れをくむ教会でした。

 日本の仏教に宗派がたくさんあるように、キリスト教も同様の事が言えます。

 仏教徒として教会にお邪魔させて頂いた私。そんな私を快く受け入れて下さった教会の皆さん。とてもアットホームで暖かな雰囲気でした。

 またここで紹介して頂いたクリスチャンのご家族とも仲良くなりました。ご自宅に招いて頂くこともあり、お茶を飲見ながら色んな話をしました。特に思い出に残っているのは「拠り所」の話。

拠り所の話

人は一人では、自分を支えきれない。だから拠り所がある。クリスチャンである私達は大きなに依って生きている。大きな木は神さま。そのしっかりとした寛大な木に私達は依っている。そんな話をしたときに、「仏教ではどうなの?」と聞かれました。

 仏教全体がどう考えているかは言えませんが、仏教徒である私はこう思っている。

人は1人では、自分を支えきれない。それはそう思う。だからこそ、人は人の支えになれる。要するに「人」という字と同じこと。1人では偏るからこそ、その偏りを他の人と支えて合う。そんな人の姿が、合掌(手を合わせる)の形に表れていると思うんだ……。

とそんな話。

 実際、合掌にも基本の形があって、それに沿って合掌すると、片手で合掌しようとすると大変ですけど、手と手を合わせるとお互いが支え合って楽に合掌できます。

 一応私が教わった合掌の基本的な形は、以下の通り。

手を合わせます。指はぴったりとくっつけ、手のひらも右と左をぴったりとくっつけます。手の角度は、指が地面と垂直。指先から手首の直線ラインが地面と垂直になるように。中指は鼻の高さ。鼻のてっぺんと中指の先が同じ高さとなります。こぶし一つ分空けます。鼻先と親指までの距離ということですね。

ひじを離す。できれば右肘ひじから、左ひじのラインが一直線になるように。

これだと、片手と両手の違いが一目瞭然だと思います。

拠り所についてはどっちが正解というわけではなく、人は1人では支えきれないという点では共通していて、どっちも素敵な話だとお互いに会話を楽しんでいました。

 

クリスチャン大学生

近くにある大学「Canterbury Christ Church University」そこに通う学生も紹介して頂きました。クリスチャンであるその学生は積極的にいろんな活動をしている彼。毎週水曜日にキリスト教に関する勉強会も開いていると誘ってくれました。滅多にない機会なので、私もお邪魔させていただくことになりました。

詳しい話はまたの機会に。


 つづく……

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