禅僧インスピレーション

禅僧(禅宗のお坊さん)が綴る発想の種。仏教徒として、禅僧として今を生きる私の糧となった出来事などを綴っています。

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テストと言われて思い出す赤点の答案用紙

テストと言われて一番に思い出すのは、高校生の時にとった赤点。

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※画像 イラストAC、作者かえるWORKSさん

 

今週のお題「テスト」

私の母は厳しい人でした。同級生からも「○○(私)のおばちゃんは怖い!」とよく言われていました。もちろん、テストの点に関しても厳しい母でした。

ボーダーライン

だからテストや成績にも厳しく、小学生の頃のボーダーラインは80点以上。それ以下は不合格。それが我が家のルールでした。当然、テストを見せなければ叱られるので、私は隠すこともできません。

 時々とる80点以下の答案を見ては、母は言いました。どうしてこの点数だったのか? どこをどう間違えたのか? ノートはしっかりとっているのか? なぜ間違えたのかを理解しているのか?

 中学生になっても、テストへの姿勢は変わりません。ある程度の口出しはなくなりましたが、70点以下は苦言を呈されました。そんな監視下にあるものですから、赤点なんてどころじゃありません。そんな気持ちもあり、私は赤点を取ることはありませんでした。

 そして高校生。一応、テストの点数は報告する形となっていました。が、さすがの母も、この頃になると、テストに関して口出しはしなくなりました。

 しかし私は高校生になって、人生初の赤点を取りました。

 

初の赤点

さすがにこれは……。でも隠してもどうせバレる。母の雷が落ちるのを覚悟で、私は答案用紙を見せました。すると、母はそれを見て一言。

「分からない所は復習したの?」

一応、テストの答え合わせは済ましてあると告げると、母は言いました。

「それならいい。テストの点よりも、それが大事」

てっきり怒鳴られると思っていた私は、驚きと共に拍子抜けしました。

 自分が分かっていない所が、一体どこなのか。それが分かった。そして今、分かっていない所をちゃんと理解できているのならそれでいい。そんな主旨の事を言われたと記憶しています。

 

テストは試し

テストは文字通り「試し」です。点数よりも、本当に大事なのは、自分が理解できているか、どうか。その試し。私はそのように受け取りました。

 思えば、最初厳しかったのも、その「試し」をさせていたのかもしれません。それが自分でできるようになったら、今度は点数なんて気にしない。大事なのは、自分にその知識が身に付いているか、自分に根づいているか否か。

 まぁ、点数がいいにこした事はありません。でも点数だけ高くても仕方がない。合格だけを目的にしても、中身がなければどうしようもない。点数をあげる事と知識を根づかせる事は必ずしもイコールではありません。その場しのぎでも、点数はあがるものです。しかし、知識を根づかせるには、本当にコツコツとやるしかありません。 

 

活きる知識を身につけなさい

更に言えば、例えるなら、知識は単なる地図にすぎません。地図だけ集めていても、何の役にも立たない。地図は、実際に現地に行くからこそ、役に立つ。自分の行動に役立つからこそ、知識は活きてくるわけです。 

最初の地図作りがその場しのぎなら、その地図はあまり使える代物ではありません。コツコツやることで、その地図はしっかりと使える地図になっていきます。更に、その地図は、実際の行動が伴うことで、本来の役目を果たすことができます。

 結局、テストの点数よりも、活きる知識をちゃんと身につけなさい。そういう事なんでしょうね。